自分の居場所を探して~『少年Nのいない世界』(石川宏千花)
「ここではないどこかへ行きたい」
誰でも一度は願ったことがあると思う。
思い返してみると、私の人生の根幹にはいつもその願いがあった。
「同じ場所に居たくない。」
「新しい場所へ、自分が知らない場所へ、誰も自分を知らない場所へ。」
そんな衝動に突き動かされて、引っ越しを繰り返し、そうして今、私はこの町に居る。
でも、と思う。
もし、自分はそんなことを願ってもいないのに、誰かのその願いに巻き込まれ、全く知らない世界へ飛ばされてしまったらどうだろうか?
きっと、正気でいられないような気がする。
しかも、まだ12歳、小学6年生だったとしたら?
児童文学作家、石川宏千花が講談社から出した『少年Nのいない世界』は、まさに、そんな少年少女が主人公の小説だ。
五島野依(ごじま,のえ)、岩田波留斗(いわた,はると)、長谷川歩巳(はせがわ,あゆみ)、糸川音色(いとかわ,ねいろ)、菅沼文乃(すがぬま,あやの)、魚住二葉(うおずみ,ふたば)の6人は御図第一小学校に通うクラスメイト。
その小学校には、まことしやかにささやかれる都市伝説があった。
それは、「13匹の猫を殺し、その首をビルの屋上から投げ落としたあと、自らも身を投げれば異世界にいくことができる。」というもの。
通称<猫殺し13きっぷ>の噂だ。
その<猫殺し13きっぷ>を実行しようとした、クラスメイトの和久田悦史(わくた,えつし)。彼を止めようとした6人は、巻き込まれ、現実世界とかけ離れた異世界へと散り散りに飛ばされてしまう。
この話はその事件の5年後、エアリアルボードという空中でおこなうスノーボードのような競技で、プロとして活躍している少年アッシュのもとへ、1人の少女が訪れるところから始まる。
そのドアのわきに、見慣れない女がひとり、立っていた。
『※※くんだよね?』
覆面タイプのニットキャップの下で、ひそかに眉をひそめていたアッシュに向かって、女はなにかローカルな言葉を口にした。
その部分だけが聞き取れず、アッシュは首をかしげながら問い返す。
『なんて言ったの?悪いんだけど、オレ、ペダ語しかわかんないから』
こんな女は知らない、とあらためて思った。
アッシュの戸惑い、そして、その後に明かされる真実と驚愕。自分が思っていた自分、それが崩壊する瞬間。読んでいて、ゾクッとさせられた。
異世界に飛ばされた先で主人公達が活躍する話は数多く出ているが、飛ばされてから時間が経過した世界を描いている小説はあまりないのではないだろうか?
飛ばされた少年少女がどのような場所に飛ばされ、どんなふうに5年間を過ごしてきたのか、謎が少しずつ明かされていき、目が離せない。
そうして、謎が明かされていくほどに、「どこに飛ばされたか」が、その後の彼らの人格形成や人生に深くかかわっていることを知り、運命の残酷さにゾッとする。
もし、自分だったらどうだろうか、と。
1巻のプロローグで1人の少女が登場する。
赤い砂嵐の中をただ歩き続ける少女。彼女は思う。
「ここには、大切に思えるものなんてなにひとつない。生きるために必要なはずの空気ですら、大切だと思うことができない。」
願ってもいないのに、異世界へ飛ばされ、ただ1人で生きなければならなくなったら、彼女のように諦めに支配されてもおかしくはない。いや、生きていられるかどうかすら危うい。
さらに、この小説の魅力はそれだけではない。
実はこの小説、同じ世界観で話が進む2つのシリーズのうちの1つなのだ。もう1つは講談社YA! ENTERTAINMENTからでている『少年Nの長い長い旅』だ。
こちらの話では児童文学の王道、異世界に飛ばされた先で仲間を見つけ、もとの世界にもどろうとする少年N―五島野依―の孤独なたたかいが描かれている。
対して、この、『少年Nのいない世界』は、タイトルからもわかるように、五島野依だけがいない(見つからない)世界。そこで、5年たってそれぞれに成長している仲間達の姿が描かれる。
全5巻完結予定で、現在、『いない世界』は3巻まで、『長い長い旅』は4巻まで出ている。
『どちらから読んでいただいても大丈夫なようになってはいますが、片方だけを読むのか、それとも、両方とも読むのか、両方なら、どちらを先に読みはじめるのか、と読み方の分だけ、違う読み心地があるのかも、と思ったりもして、楽しみのような、こわいような』と作者は書いている。
片方だけでも話は十分にわかるが、この小説を存分に楽しむためには、やはり両方を読んだほうが良いだろう。
巻が進むにつれ、この2つの話がリンクしていき、最終的に重なる時、どんな真実が姿を現すのか?果たして仲間は再会できるのか?
最終巻まで目が離せない。
少年Nの長い長い旅 01 (YA! ENTERTAINMENT)
- 作者: 石川宏千花,岩本ゼロゴ
- 出版社/メーカー: 講談社
- 発売日: 2016/09/27
- メディア: 単行本(ソフトカバー)
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ふと、パソコンのディスプレイから目を上げ、事務室の天井を見る。はじめは白かっただろう天井は長い年月を経てうっすらと汚れていた。
閲覧室からは、町田さんの話声がかすかに聞こえる。本の場所を聞かれたみたいだ。私も、もうそろそろカウンターに出なければならない。
異世界に飛ばされた少年少女たちについて考える。
彼らがもし長い年月を異世界で暮らし、そこでの知り合いが多くなり、居心地がよくなってしまったとしたら?果たして、彼らの居場所は元いた世界なのだろうか?それとも、今いる世界なのだろうか?
閲覧室からはまだ、町田さんの話声が聞こえてくる。
私は席をたち、閲覧室へ続くドアへ向かった。
本の妖精リブラリブラ
『リブラリブラを知っていますか?
それは小さな本の妖精。
本が大好きで、いつも、楽しい本はないかと図書館や書店に探しにやってきます。気に入った本があると、満足するまでその場所に滞在し、本を読んだり、本好きの人間にちょっとした魔法をかけたり…。
リブラリブラがいる図書館や書店は魅力的な本が増え、活気が出てくると言われています。
リブラリブラのちょっとした魔法。それは、どんな魔法でしょうか?
皆さんは、図書館や書店でふと手に取った本が、とても面白かったり、今の自分に必要なことが書かれていたりした経験はありませんか?
それが、リブラリブラの魔法なんです。
リブラリブラは本だけでなく、本好きな人も大好き。
だから、それはリブラリブラから本好きなあなたへのプレゼントかもしれません。
けれど、リブラリブラはとっても気まぐれ。
運よく出会うことができたら幸せですね。』
ここまで、打ち込んで、ふと物音が聞こえた気がして、館内を見回してみる。今は図書館も閉館していて、館内にいるのは私1人。来月の図書だよりのコラムをパソコンに打ち込んでいる。
小さな町の図書館。それが私の今の職場。小さな図書館だから、職員は館長さんと司書の町田さんと私の3人だけだ。
子どもの頃から本が大好きで、いつか本に関わる仕事につきたいと思っていた。その夢が叶ったのは、先月、この町に引っ越してきてから。これから利用することになるだろう町の図書館を、ひやかしがてら見に行った時、町田さんと出会ったのだ。
町田さんは髪が短くて背がスラッと高く、でも笑うとえくぼができるふんわりとした雰囲気の人だった。ベージュのエプロンをつけて、その胸には「リブラリブラ」と刺繍してある。
町田さんは私に笑いかけ、「あら、ちょうど良かった。今、職員を募集しているところなの」と声をかけてきた。なぜ、町田さんが私にそんなことを言ったのか、今でも不思議だ。私は一言も「ここで働きたい」などと言っていないのに。
町田さんに聞いても、
「どうしてか、あの時は、あなたにそれを言わなければいけない気がしたのよね。リブラリブラの魔法かな?」
と、なんとも頼りない答えが返ってくるだけ。
「リブラリブラ」
図書館や書店にやってくる本の妖精。
町田さんお得意の話。コラムに打ち込んでいた話も町田さんから聞いたものだ。
正直、「リブラリブラ」なんて妖精の話は今まで、読んだことも聞いたこともない。だから、私は町田さんの作り話じゃないか、と思っている。
そう言うと、町田さんは可笑しそうに目をくりっとさせながら、「うふふ」と笑う。
「そうそう、図書だよりのコラム、今までは私が書いていたけれど、これからはお願いするわね。そんなに難しく考えなくていいのよ。読んで面白かった本やおすすめしたい本の紹介を書くだけだから。」
町田さんは、そんなことを言って軽やかにベージュのエプロンをとり、帰ってしまった。なんでも、今日は飼っているハムスターを動物病院に連れて行かなければならないらしい。
そうして、私は1人、館内に残され図書だよりのコラムを書いている。
『…私はまだ、リブラリブラに会ったことはありません。でも、もしこの図書館にリブラリブラがいるなら、きっと素敵な本との出会いがたくさんあるはずです。そんな本との出会いをここに記していきたいと思います。』